政策

2014年9月17日水曜日

バス交通 - 北広島市内の

 北広島では、路線バスは市内の唯一といってよい公共交通機関であり、地域社会の中で重要な役割を担ってますが、利用者の減少に歯止めがかからない状況で、北広島市内の路線バスは赤字なのです。

 本来、バスは、地域の状況変化に柔軟に対応が可能で、交通問題や環境問題、バリアフリーなどの多様な社会的要請に対しても柔軟な対応が可能であり、我が国の都市政策は、公共交通を「都市の装置」として位置づけ都市計画の重要な柱として交通政策を考えています(都市計画中央審議会答申 H9.6.9)。しかし、北広島では市の政策として交通の位置づけが弱く、補助金を出してはいるものの事実上バス事業者任せになっています。

 こうしたことから、人と街と環境にやさしい北広島の新しい地域社会づくりの一環として、路線バスの役割と可能性を位置づけ、利用者のニーズへの対応と、地域環境の改善を総合的に進めていく、交通とまちづくり政策を結び付けた総合的な政策展開が必要です。

具体的には、

公共交通中心のまちづくりを推進することです。
  1. バスサービスを向上させ、バス交通に対する市民の意識を引き付ける努力をすることです。乗降の楽な超低床ノンステップバスの導入や、市街中心部にコミュニティ型循環バスの運行を行うとか、バス情報提供設備を整備することなどが考えられます。
  2. また、高齢者や子供など交通弱者に対するシビルミニマムとしての移動手段の確保が必要であり、地域福祉の観点から補助などの支援を行う必要があります。
  3. 一方で、サービスの向上への取り組みを自治体やバス事業者だけで行うのではなく、買い物したら他の小売り・サービス業と連携してサービスを向上させるなど検討し、サービス水準を維持しながら地元負担が軽減することに努力する必要があります。




2014年9月16日火曜日

北海道へ

北海道へ行こうと思ったきっかけは、予備校で知り合った友人から「一緒に北大受けないか」って声をかけられたからでした。

当時私は自宅からの通学ではなく一人暮らしをしたかったので、東京、横浜の大学ではなく、遠くの大学を受けようと考えていましたが、父は自宅から通えるか叔母がいる京都の大学しかだめという考えだったので関西方面しか目が向いませんでした。

そこに出てきた北という選択、それには漠然としていましたが、新鮮な響きがありました。北に目を向けると東北や北陸なども候補に浮かんできましたが、やはり北の大地、北海道のインパクトは大きいものがありました。

前年に北海道旅行をしていた母から「とても良いところだったわよ、あんたも北海道に行ったら」と言われたが私の背中を押した。こうして私は10代でひとり北海道にきたのでした。



進化と歴史

これは私の勝手な考えですが、人間は非常に柔軟性を持った生き物なのではないか。
まだ未熟な個体として生まれ、外界の環境から多くのものを吸収し適応して成長していく。つまり生まれてからの世界で変わっていける柔軟さを持っているのが人間の強みではないかと思います。

オオカミ少年のように、たとえ育てているのが人間とは違う生物でもそれに適応したくましく生き抜いてしまう。しかしそれはどんなものにも変わっていけるということをも意味します。つまり小さい時から戦い殺すことを教えられれば平気で殺人鬼になりうるということです。紛争地域では子どもたちが武器を持たせられ戦うことを教えられて殺しの連鎖に巻き込まれています。戦前の日本では天皇を神と信じ他民族を平気で殺してしまったのです。

 つまり人間は生きた環境により平和的にも殺人鬼にもなりうる生物だということ。だから、人間は歴史を教訓化することで、個人がより安全に共存できる社会へと、意味なく殺されない、戦わない、殺さない社会に向けて少しずつ進歩させてきたのだと思います。日本の平和憲法はこうした世界中の平和への願いを集大成してできた素晴らしい到達点として作られたのだと思います。

 安倍さんや戦争したい人たちは、これとは真逆で、歴史の真実を教えるのを嫌がり、歴史の歩みとはまったく違う価値観の方に、国民の生きる方向を向けさせていこうとしているのだと思います。歴史を学ぶ意義はここにあると思います。


 

上野発の夜行列車 ~♪

大学受験のころ

当時も首都圏から北海道行きの飛行機がありましたが、若者には一般的ではなく、上野発青森行の長距離列車に乗って、青函連絡船に乗り替えて函館でまた列車に乗ってくるというルートが普通でした。

上野~青森

学生時代に何度となく乗った上野~青森には多くの思い出があります。

大学入学で北海道に行くとき、上野発にはホームがたくさんあり、人に尋ねながらやっと列車に乗りました。

夜行列車で寝ていると、「終点、秋田~、終点、秋田~」のアナウンスで起こされました。終点、秋田?・・・青森じゃあないし、そもそも秋田って日本海側では?慌てて、駅の改札に行くと、「あんたこれ違う列車だよ」「秋田から青森行の列車に乗っていったらよいよ」と親切な駅員さんに言われ何とか札幌に。

着いたのは夜。入学手続きはもう終わっていました。なんとのんびりした時代でした。

北斗星

議会の質問は誰が書く?!

道庁時代、本庁にいると議会対応を行うことが多い。

議会対応とはこうだ。

議会が始まると、議員が質問書を出してくる。
質問へは知事などが答えるが、答弁の原稿案を作成するのは担当部署である。
担当部署が作成し、だんだん上へ説明して修正され最終的に知事などが答弁する、というシステムである。
だから担当者は、過去の答弁や最近の政策動向などを勘案して、如何に適切な答弁書原案を作成できるかが試されるのである。
それは市民の代表が集う議決機関である議会への説明責任として行政の大きな仕事である。

まだ、若い頃で、本庁勤務になったばかりの頃、上司から「質問をいくつか作ってくれ」と指示された。
言っている意味が分からない。議会質問は議員が作成するものではないか?
だが、質問を職員に作成してもらう議員が少なからずいるというのだ。
そのため上司は私にその作成を指示したのだ。

上司に言った

私は上司に言った、「質問に答えるのは仕事だと思うが、質問内容を作成するのは議員の仕事であって職員の仕事ではないのではないか」と。
上司曰く、「何を青臭いこと言っているんだ。議員と職員は持ちつ持たれつなんだよ。
議員にとっては質問を書いてもらえるし、こちらとしては都合の良いテーマで質問してもらうことで予算が付いたり、政策の実施がやりやすくなったりするからね」。

今でも多くの自治体で、共産党以外、議会質問を書いてもらう議員は少なくないという。